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神奈川県川崎市麻生区古沢都古東遺跡第1・2地点新百合ヶ丘総合病院建設に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書(2011年)(5485)

120ページ | 吾妻考古学研究所
2017年4月4日登録

 古沢都古東遺跡第1・2地点は、多摩丘陵の北東端、南流する麻生川に向かって東に張り出し、北側と南側を谷戸に挟まれた舌状台地に立地する。このうち第1地点は舌状台地の中央部、第2地点は台地の基部の北側斜面にそれぞれ位置している。
 調査は、新百合ヶ丘総合病院建設に伴う事前調査としてされ、第1地点では縄文時代の焼土跡1基、土坑12基、ピット10基、奈良・平安時代では住居跡8軒、堀立柱建物跡3棟、火葬1基、土坑5基、ピット20基、中・近世では道路状遺跡構2条、溝状遺構6条、井... 続きを見る

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神奈川県横須賀市独園寺群発掘調査報告書(2011年)

18ページ | 吾妻考古学研究所
2017年4月4日登録

 本遺跡は、横須賀市深浦湾に向かって樹枝状にのびる丘陵東端に位置し、南東に向かって下る崖面に立地している。
 今回の調査では、中世の所産と考えられる2基のやぐらの他、近世以降の小規模な排水溝を伴う不明遺構1基と、石切跡1箇所、崖面を穿った時期・性格不明の不明遺構1基が検出された。
 出土遺物は、出土量は少ないが、磁器などが出土している。

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横浜市戸塚区№ 18遺跡発掘調査報告書(2011年)

32ページ | 吾妻考古学研究所
2017年4月4日登録

 本遺跡は柏尾川の支流である阿久和川左岸の丘陵緩斜面に立地する。弥生時代後期~古墳時代前期の住居跡2軒・平安時代の住居跡1軒が、狭い調査範囲から検出されており、遺構の密度が高い地域であることが判明した。

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神奈川県厚木市妻田中村遺跡第11 地点発掘調査報告書(2011年)

42ページ | 吾妻考古学研究所
2017年4月4日登録

 本遺跡は荻野台地の南端に位置し、弥生時代・古墳時代~奈良・平安時代にかけての集落が展開している。今回の調査では古墳時代中期~奈良・平安時代にかけての重複する4軒の住居跡が検出
された。また、中世における溝状遺構1条も検出されている。

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神奈川県藤沢市下土棚中村遺跡第2次調査発掘調査報告書(2011年)

24ページ | 吾妻考古学研究所
2017年4月4日登録

 本遺跡は、中世~近世の散布地・集落跡として周知されている。今回の調査は、遺跡内の北側に位置する530㎡の区域を対象としたものであり、中世~近世の竪穴状遺構1基、土坑1基、溝状遺構
8条、ピット5基が調査された。

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神奈川県藤沢市宮原六本松遺跡発掘調査報告書(2011年)

24ページ | 吾妻考古学研究所
2017年4月4日登録

 本遺跡は、縄文時代及び中世・近世の散布地として周知されている。今回の調査は遺跡内の南東側に位置する137㎡の区域を対象としたものであり、近世に属する竪穴状遺構1基、土坑6基、井戸
状遺構3基、ピット46基が調査された。

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横浜市神奈川区大口台南遺跡発掘調査報告書(2011年)

40ページ | 吾妻考古学研究所
2017年4月4日登録

 本遺跡は下末吉台地のうち「大口台」と呼ばれる台地の縁辺部に位置する。
 1990年に調査され、縄文時代中期・弥生時代・古墳時代の集落跡が検出された大口台遺跡と道路を挟んだ南西側に隣接しており、同一遺跡と考えられる。

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川崎市麻生区早野上ノ原遺跡第1~3次発掘調査概要報告書(2011年)

48ページ | 吾妻考古学研究所
2017年4月4日登録

川崎市麻生区早野上ノ原遺跡第1~3次発掘調査概要報告書

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川崎市高津区末長向台遺跡第4 地点末長向台古墳群発掘調査報告書(2011年)

42ページ | 吾妻考古学研究所
2017年4月4日登録

末長向台遺跡第4地点・末長向台古墳群は、下末吉台地の北東側の南東に向かって舌状に張り出す台地平坦面に位置する。調査地点は平成14年に調査された第1地点の南東約110m、平成17年に調査された第2地点の南約80m、平成19年に調査された第3地点の北西約125mに位置する。
 縄文時代では、土坑3基が検出された。土坑のうち2基は陥し穴と考えられるもので、いずれ底面中央部に小ピットを1基もつタイプである。一部の土坑からは早期条痕文系土器が出土している。
 古墳時代後期では... 続きを見る

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川崎市宮前区 十三菩提西遺跡第3次発掘調査報告書(2011年)

32ページ | 吾妻考古学研究所
2017年4月4日登録

 十三菩提西遺跡第3次調査地点は、下末吉台地の北部に位置し、北側を矢上川、南側を有馬川に挟まれ、東側に張り出す台地の南側緩斜面に立地している。
 十三菩提西遺跡は今回の調査地点を含めると3回に亘り発掘調査が行われ、今回の調査地点の北東側約180mには第1次調査地点、北側に隣接して第2次調査地点が存在している。第1次調査地点では縄文時代前期末葉十三菩提式期の住居跡1軒、土坑2基が検出されたほか、多量の黒曜石製剥片が検出されており、石器製作跡の可能性が指摘されている。第2... 続きを見る