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時空を超える本の旅22「漢字展 -4000年の旅」図録

36ページ | 東洋文庫ミュージアム
2020年7月20日登録

2019年5月~9月 東洋文庫ミュージアムにて開催された企画展 時空を超える本の旅22「漢字展-4000年の旅 4000Years of Chinese Characters in East Asia」の図録冊子。

漢字をめぐる 4000年の旅へ、いざ出発
古代中国で誕生した漢字は、世界史上もっとも字数が多い文字といわれています。日本では5世紀頃から本格的に漢字が使用されるようになり、日本語の発達および学問、文化と切り離せない存在です。本展では、漢字の成り立ち、... 続きを見る

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時空を超える本の旅14「本の中の江戸美術展」図録

28ページ | 東洋文庫ミュージアム
2017年4月17日登録

2016年8月~12月 東洋文庫ミュージアムにて開催された企画展 時空を超える本の旅14「本の中の江戸美術展」の図録冊子。
世界でも五本の指に数えられる東洋学の研究図書館「東洋文庫」が誇る、歴史的・美術的に貴重な収蔵資料の数々をビジュアルと解説で綴る価値ある1冊。

 東洋文庫の100万冊をこえるコレクションの中核をなすのが、創設者である岩崎久彌(三菱第3代社長)旧蔵の「岩崎文庫」です。「文庫」というと文字だけの難しい本ばかりが並ぶ光景をイメージされるかもしれませ... 続きを見る

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神奈川県川崎市宮前区十三菩提遺跡第9地点発掘調査報告書(2013年)(013993)

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「吾妻考古学研究所」

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50ページ | 吾妻考古学研究所
2017年4月25日登録

 十三菩提遺跡第9地点は、下末吉台地の東部、北側を矢上川、南側を有馬川に画された西から東に向かって延びる台地平坦部に立地する。
 十三菩提遺跡は、前期末葉に比定される十三菩提式土器の標式遺跡として著名であるが、今回の調査までに計8回にわたる調査が実施され、当該期の竪穴住居跡、石器製作跡の可能性がある竪穴状遺構、ピットなどが検出されている。また、従来より十三菩提式土器に伴って、多量の黒曜石製石器が出土することでも知られている。
 今回の調査では遺構としては、縄文時代前... 続きを見る

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神奈川県秦野市 今泉西堀遺跡 発掘調査報告書(2013年)(013229)

34ページ | 吾妻考古学研究所
2017年4月25日登録

 今回の調査では道路幅の狭い範囲にもかかわらす、古墳時代後期~平安時代の住居跡4軒と土坑・ピットが検出された。

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日向・東新田原遺跡(2016年)(026556)

90ページ | 吾妻考古学研究所
2017年4月25日登録

 日向・東新田原遺跡を含む伊勢原市№15は、縄文時代・古墳時代・中世・近世の、古墳・散布地・その他の墓として周知され、東西約1km、南北約400mに及ぶ遺跡範囲の全体が古墳群を形成しているものと考えられる。今回の調査地点はその北東側に位置し、道路改良工事の施工範囲隣接地に古墳と思われる高まり2箇所が存在すること、周辺の試掘調査において周溝状の溝が検出されたことから本格調査が実施された。調査の結果、2箇所の高まりは共に後期に属すると思われる円墳の一部であることが確定し、K... 続きを見る

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鎌倉市 報国寺遺跡(上杉能憲邸跡) 発掘調査報告書(2017年)(026506)

42ページ | 吾妻考古学研究所
2017年4月25日登録

 今回の調査区は、鎌倉市の北東側にあって、衣張山の北側斜面、報国寺境内の西側の谷戸に位置する。   
 今回の調査で確認されたのは、遺跡の位置する谷戸に初めて人が踏み入れたのは鎌倉時代(13世紀代)のことで、最初に谷戸の斜面地の岩盤層を掘削して平坦面を造り出す造成が行われたことが判明した。

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厚木市 七ノ域遺跡 発掘調査報告書(2016年)(026447)

48ページ | 吾妻考古学研究所
2017年4月25日登録

 本遺跡は、相模川とその支流である中津川に挟まれた台地上に位置する。
 今回の調査では、縄文時代中期の加曽利E式期の住居跡が3軒検出された。調査範囲が狭く、住居跡はすべて調査区域外に及んでいるため集落跡の全容は把握できなかったが、厚く覆った遺物包含層からは多量の土器・石器・礫などの遺物が出土しており、周辺には多数の遺構が存在していると推測される。

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川崎市高津区 末長久保台南遺跡 発掘調査報告書(2016年)(026282)

80ページ | 吾妻考古学研究所
2017年4月25日登録

 今回の調査区は、下末吉台地の北部、西から東に向かって延びる台地の南斜面立地している。
今回の調査では弥生時代後期~古墳時代後期の集落跡が検出された。弥生時代後期~古墳時代後期の集落跡は、弥生後期と古墳時代前期初頭という2時期に分けられる。古墳時代後期の集落跡は、概ね7世紀代に構築された可能性が高いが、重複関係や出土遺物の様相から、7世紀代でも前半期・前~中葉・後半期という3時期に細分されるものと推測される。

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神奈川県鎌倉市 玉縄城跡 発掘調査報告書(2016年)(026198)

64ページ | 吾妻考古学研究所
2017年4月25日登録

 玉縄城は標高50~80mの低丘陵上に築かれた平山城で、1950年代までは全域に亘り旧状を残していたと言われるが、その後の開発で現在は周辺の地形が大きく変貌し、主郭にあたる地点は現在は清泉女学院の敷地となっている。周辺は大小の谷戸に開析された非常に複雑な地形を呈しており、関連施設を含む外周部分はかなりの範囲まで広がっていたものと考えられている。今回の調査地点は、主郭とされる付近の北方700mの位置にある。丘陵の北側を分断するように東西に走る打越の支谷があり、その北側の山... 続きを見る

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相模原市 田名半在家遺跡G地点 発掘調査報告書(2016年)(026178)

44ページ | 吾妻考古学研究所
2017年4月25日登録

 今回の調査区は相模野台地田名段丘面の平坦部にあって、北側には相模川の支流が流れている。
 今回の調査では、平安時代の住居跡から青銅製の鏡片や鉄製の鐘鈴が出土しており、田名半在家の平坦面に展開する「相模国高座郡塩田郷」の集落の一部と考えられる。